かの牛の手綱持ちかへ桜道

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昔、父が出稼ぎに出て家にいなかった頃、
いつも母は子供たち3人を牛車に乗せて山の畑に出た。
ある日の夕刻、牛車はいつものように、
私たち子供と藁を後ろにいっぱい積んで、山道を家路についていた。
母は牛の手綱を引いて先頭に乗っている。
弟や妹は後ろでウトウトしていた。
僕も牛車に揺られて眠りかけていたその時、
牛の鞍と牛車を繋いでいる金具の片方が、突然ガタンとはずれてしまった。
驚いたのは牛で、突如猛烈な勢いで走りだした。
そのはずみで母は振り落とされたのだけれど、手綱だけは放さなかった。
山道を引きずられながら「どう、どうっ」と叫び、
必死で牛を落ち着かせようとしていた。
どれぐらい走ったのか、やっとのことで牛車は止まった。
牛を見ると、
いつもあの時の母の勇姿を思い出す。
父のいない留守を守る母の背は、
父の背中をも、ぼく達に必死で見せていたのだろう。

大阪府)諏訪原和幸さん

第一回熱海写真俳句ストーリーコンテスト優秀作