雲の峰積木の街を踏まえ立つ 【夏】

雲の峰積木の街を踏まえ立つ

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 夏の空に巨大なエネルギーの塊のように、もくもくとわき上がる入道雲は、まさに夏の象徴である。発達しきった雲の峰は真夏の光の中に雪のように輝いている。入道雲の発達途上はまるで雲に巨大な石があるかのように、空の真芯に向かって背丈を伸ばしていく。そのエネルギッシュな成長はなにものも阻むことができないような勢いを感じさせる。あまりに発達しすぎて、本体が空洞化していても、見る限りは全天を支配する大帝国のようである。

 白く輝く雲の峰は青春そのものであり、若き日の想い出は夏に集中していることが多い。友好的(フレンドリー)な雲の峰に騙(だま)されて、海へ出たり、山へ登ったりしていると、そのうちに白雲が黒雲と変わり、空洞化した胴体辺りに閃光が迸(ほとばし)り、不気味な雷鳴が聞こえてくる。雲の帝国はいまや明確に邪悪な意志を振りかざして、襲いかかろうとしていた。

 一転にわかにかき曇り、入道雲が崩壊して車軸のような夕立を降らせた後、虹が立つ。地平線に巨大なフルアーチを架ける。束の間の七色の橋であるが、ふと虹のかなたにロマンティックな憧憬を寄せる。入道雲の落とし子のような虹もはかないが、そのはかなさが夢を誘う。昨今、虹に見とれて交通事故に遭う人が少なくなったのは、それだけ人々に夢が少なくなったせいであろうか。

 かつて、山のかなたや虹の橋の彼岸、地平線を越えた未知の世界に夢を飛ばした若者たちも、年齢と共に山や虹や地平線のかなたにも同じような人間の営みがあり、過酷な人生があることを知った。経験を積むということは、夢を失っていくことにも通じる。だが、失った夢の代償として、学ぶことも多い。

 夏の雲の峰は脆く、これを支えている下界の街も脆く見える。この句を詠んだ後、マンションやホテル虚偽構造計算が報道された。積木の街の住人たちはぞっとした。だが、積木だからといって簡単に買い換えるわけにはいかない。にわかに自分たちの住んでいる家が薄寒く感じられた。

 本来、街は人間の相互信頼の上に築かれる。これを逆手にとって、欺瞞(ぎまん)の街をつくり上げた人間は、雲の峰を眺めて悪知恵のヒントをおもいついたのかもしれない。入道雲に邪悪な意志を見るのも人間であり、雲自体にはなんら関わりがないことである。雲の峰から邪悪な知恵のヒントを得た人間たちは、決して地平線のかなたに夢を飛ばさなかった人種にちがいない。

雲の峰崩れて譲る虹の位置

森村誠一「写真俳句の愉しみ 四季の彩り」(スパイス刊)より

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