艶やかに梅雨まで染める華の舞 【夏】

艶やかに梅雨まで染める華の舞

4619

 

 熱海市に仕事場を構え、市内の芸妓見番(歌舞練習場)によく立ち寄るようになった。熱海芸妓衆は約三百人、日本一の規模を誇る。

 だが、芸妓を座敷に招ぶとなると、喫茶店に入るように簡単にはいかない。綺麗どころの芸のエッセンスを庶民的な花代で見られないものかという願いを実現したのが「華の舞」である。毎週土曜と日曜の昼、芸妓の踊りの粋を集めて、約三十分見せてくれる。

 こんなことが縁になって、熱海市役所から依頼を受け、観光集客のために熱海を舞台にしたミステリーを書き、熱海に来遊した観光客に謎を解いてもらうという趣向を考えた。題して「アタミステリー」。2005年で第三回目となった「アタミステリー」の主役は芸妓である。

 熱海の芸妓には、前夜、座敷に招(よ)んでくれた客とカフェで落ち合い、別れを惜しむという習わしがあると聞いた。べつに一夜を共にしなくとも、後朝(きぬぎぬ)のコーヒーの味は格別であろう。

6553 いまはほとんど死語になった「後朝」という言葉は、たとえ一夜のカップルであっても男女の余情がこもり、未練の糸を断ち切れないことである。「後朝」と共に、男女の余情は絶滅したかとおもったが、熱海の後朝のコーヒーに生き残っていた。ただ一杯のコーヒーであるが、客はまた来遊して、同じ芸妓を指名したいという心理になるであろう。

 梅雨の季節、日本髪に盛装した芸妓が左褄(ひだりづま)を取って座敷に急ぐ姿は、なんとも艶っぽい。しとしとと霧のように降る梅雨までが艶やかに彩られるようである。考えてみれば、花街自体が遊客にとって一場の幻影であるかもしれない。

 江戸期から明治にかけて座敷にあがる前、芸妓は恋人に実意を示すために、束の間の情を交わした。盛装した芸妓はお座敷着を乱さぬために特別の体位を発明したという。なんとも艶っぽいその究極の体位は男の夢でもあるが、芸妓だけの特技ではない。

 戦時、若者が戦場に召集されたとき、恋人が出発前の慌しい時間に、もはや二度と帰る保障のない若者のために晴着を着し、その体位を用いて訣別したという話を聞いた。

 パーマネントを禁止され、振り袖の袂も切られた時代に、不帰の若者を見送る恋人の体位に、理不尽に若者を奪う時代に対する抵抗が込められていたようにおもえる。想像するだに息を呑(の)むような放恣(ほうし)な、煽情的な体位に、私はあらゆる人間的自由を奪い去った暗い時代に対する女性の秘かな抵抗の姿勢を見るのである。この体位を、粋人は昆布巻きと名づけた。

窓に鳴る時雨の音や昆布を解き

贅沢は“素”敵と抗(あらが)う暗い國

森村誠一「写真俳句の愉しみ 四季の彩り」(スパイス刊)より

ピックアップ記事

  1. 平成29年(2017)11月句会投稿作品 平成29年の11月句会は、2…
  2. 平成29年(2017)10月句会投稿作品 平成29年の10月句会は、1…
  3. 平成29年(2017)9月句会投稿作品発表 平成29年の9月句会は…
ページ上部へ戻る