四季の散歩術2

季節ごとの愉しみ方

 一歩外に飛び出しただけで、まったく別の世界が開く。風がささやき、雨が光り、花の香りが漂う。顔馴染の人と挨拶を交わし、野良が道を横切り、あるいはすり寄って来る。時間、昼夜、季節によっても別の顔を見せる。

4155 まず午後から始めた散歩を、夏には早朝、春は黄昏どき、秋は夜へと派生した。そして自転車にまたがって行動範囲を一挙に拡大した。季節による散歩時間の変遷は試行錯誤の上、季節に合わせたそれぞれの時間帯が散歩のうま味を最大限に引き出すように感じたからである。

 夏は朝が適しているのは、朝靄に烟った街並みや野や森が、幻想的な情景を呈すると同時に、涼しく爽快であるからである。それも七時三十分を過ぎると、夏の光が朝靄を駆逐し、ただ暑いだけの凡景に変えてしまう。夏の朝には早朝と日中の間の過渡期がなく、スイッチを切り換えたように一転してしまう。

 その点、春は霞に烟り、時間の移り変わりがグラデーションで趣きが深い。特に夕刻は黄昏(トワイライト)が長く、徐々に降り積もっていく夕闇の奥に小豆色の残照が柔らかく西の空を染める。夕闇の底からライトアップもされていない満開の桜が白く浮き上がり、静かに立ち上がってくる。どんな平凡な街角やうらぶれた路地裏も、この季節、この時間帯は蠱惑的な艶を帯びている。

 秋の夜は月光が最高の散歩のお供であるが、視野の限りの星の海のにおい、月化粧、星化粧の秋の夜は、すべての窓の灯火が暖かく誘惑的に見える。人肌が恋しくなるのは、特に秋の夜である。

 冬は他の三季節に比べて情趣に欠ける恨(うら)みがあるが、圧倒的な冬将軍の支配のもと、年間で最も強いインパクトを持つ年の交替があり、人生の里程標を通過する。人生の句材の宝庫と言えよう。木枯しに立ち向かい、時には雪道を踏む冬の散歩は体力を要するが、万物を圧倒的な寒気のもとに封じ込める冬こそ、荒涼の極致にわび・さびを追求する俳句の精神に最もフィットした季節といえよう。つまり、俳句はなんでも句材にしてしまう貪欲な文芸なのである。

 四季を通しての写真俳句のための二十四時間を俯瞰(ふかん)してみよう。

 午前五時ないし六時。始発電車の気配を夢うつつに聞きながら、確実に覚醒の方角に向かっている。始発電車に乗りたいとおもいながら、居心地のよい寝床から離れられない。ホテルマン時代、何度か始発に乗ったことがあるが、四十数年前のことであるのでよくおぼえていない。きっと始発電車の中にはよい句材が転がっているであろう。

4427 夏ならば午前七時には起き出して散歩に出かける。街角には朝靄がわだかまり、朝靄を分けるようにして出会うのは、たいてい犬の散歩のエスコートをする人たちである。犬の顔におぼえがあって、飼い主をおもいだす。いずれもお犬さまを人間がエスコートする犬主人従である。お犬さまの散歩を時どきジョガーが追い越して行く。新聞配達の時間はとうに終わっている。

 午前八時、行きつけのカフェに立ち寄って、苦いコーヒーを飲む。この時間帯の客はおおむね常連であり、たがいに顔馴染である。新たな客と共に朝靄が流れ込むような時間帯はほんのわずかである。

 午前九時を過ぎると、すでに太陽はだいぶ高い位置を占め、風景は陰翳(いんえい)を失って平板に見える。幼稚園に我が子を送り届けた若い母親たちがそろそろ集まってくる。私は彼女らのカフェ会議を聞き流しながら、前日し残した仕事の整理に余念がない。このような補助的な仕事は適当に空気が流れ、自分に無関係な雑音があった方が精神を集中しやすい。カフェの人間群像は朝が断然面白い。

 十時三十分、カフェを出てかかりつけの医家を覗く。空いていれば血圧や眼圧を測ってもらう。本格的な仕事開始は午後二時を過ぎる。

 天気がよければ午後四時ごろ、二度目の散歩に出る。この時間帯にもお犬さまの散歩によく出会う。ついで朝は見かけなかった夕刊の配達と、野良猫によく会う。

3932 写真俳句の素材は第二回目、午後の散歩が収穫が多い。私の好みにもよるが、朝は光と影の交替が一瞬であるのに対して、夕方、特に春から夏にかけてはトワイライトが長く、残照が長い尾を引いて森羅万象を多彩な色相に染めるからであろう。夕陽の美しい日は散歩に時間を取りすぎて、仕事が圧迫を受ける。

 これは日常的な散歩であり、旅に出かけるときは、写真俳句のかき入れとあって、カメラとバッテリーとチップの予備を携行する。だが、必ずしも非日常の旅行において、よい写真俳句が収穫できるとは限らない。私の写真俳句には日常と非日常の境界がほとんどない。「いい写俳じゃないの。幸せならば」なのである。

森村誠一「写真俳句の愉しみ 四季の彩り」(スパイス刊)より

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